ピース・又吉直樹さんが描いた結婚の物語が、温かさに満ちていた理由。又吉さんが意識する多様な「視点」の持ち方
新型コロナウイルスの流行をきっかけに、結婚式のあり方が一気に多様になりました。これまでにない方法が検討されたからこそ、ウエディング業界もカップルも「なぜ結婚式をするのか?」「結婚ってなんだろう」と考える機会が増えたのではないでしょうか。
結婚式のあり方に大きな変化が生じている今こそ、これまでの歴史を知り、先のミライに想像を馳せてみることで、「結婚」や人生に寄り添う「結婚式」の価値とあらためて向き合いたい──。
そんな思いでウエディングパークが企画したのが、結婚・結婚式の価値を捉え直すプロジェクト「Wedding Park 2100 ミライケッコンシキ構想」です。
2021年3月には、初めての特別イベントを実施。クリエイターと共に結婚・結婚式の未来を構想し、数百名の来場者と体験することができました。
そして2022年には「100色の結婚式−2100年までにカタチにしたい100のこと−」をテーマに掲げて、3月4日から6日までの3日間、前年よりパワーアップしたイベントを開催。さまざまなクリエイターや企業、学生が参加する結婚・結婚式のミュージアムをつくりあげ、約1,500名の方々にお越しいただきました。
こちらの特設サイトではイベントと連動して、ウエディング業界内外の方々と一緒に「ミライの結婚式」についての構想を膨らませる記事をお届けしていきます。今回お話を聞かせていただいたのは、お笑い芸人・作家の又吉直樹さんです。
又吉さんは2021年に続き、2年連続で「Wedding Park 2100」のためにショートストーリーを書き下ろしてくださいました。前年の作品のテーマは「2100年の結婚式」。2200年を生きる又吉さんの子孫にあたる人物から手紙が届き、「2100年」の結婚式を追体験しました。
今年の作品は、その続編。同じく2200年から手紙が届き、物語が始まります。又吉さんに今回の作品への思いと、作品を書く上で考えたことを伺いました。又吉さんの作品『もう一通の手紙』とともにお楽しみください。
■ プロフィール
又吉 直樹(またよし なおき)
1980年大阪府寝屋川市生まれ。吉本興業所属のお笑いコンビ「ピース」として活動中。2015年に本格的な小説デビュー作『火花』で第153回芥川賞を受賞。同作は累計発行部数300万部以上のベストセラー。2017年には初の恋愛小説となる『劇場』を発表。最新刊に、初めての新聞連載作『人間』がある。他の著書に『東京百景』『第2図書係補佐』など。YouTubeチャンネル【渦】、オフィシャルコミュニティ【月と散文】も話題。
ネガティブから始まる「結婚生活」の物語
── 2年連続でWedding Park 2100 プロジェクトのためにショートストーリーを書いていただきました。未来から結婚式を紹介した1作目「2100年の結婚式」に対して、2作目の「もう一通の手紙」は「結婚生活」が描かれていたことが印象的です。今回はどんなことを考えながら書かれましたか?
正直、1作目の3倍くらい難しかったです(笑)。1作目は「2100年の結婚式」のお題に対して、2200年から2100年を追体験する構成にしたので、2100年のことも2200年のこともすでに書いていたんですよね。2作目は、それ以外の方法でどうやって2100年を表現できるのかを考えました。
前回の手紙に「40歳からまた楽しいことがたくさんあるみたいですよ」と書いてあったので、その言葉に対して僕とおぼしき主人公が「40代は楽しいことがあるって期待して生きてきたけれど、なかったぞ」とだらだら言う場面から始めています。
── 1作目「2200年の子孫から手紙が届く」設定を活かしつつ、又吉さんの孫にあたる人物の言葉が引用されて、前作とは違う見せ方になっていますね。
そうですね。全体の構造がなかなか思いつかなかったので、とりあえず昨年の続きとして手紙が届いたシーンから書いてみたら、1つ目の一人言がなんとなく思い浮かびました。そこで終わらせてもよかったけれど、そこから「一人言」の設定を膨らませてみました。
── 手帳に屁理屈を書くシーンから、結婚生活を描写する温かい「一人言」が続くギャップがおもしろかったです。
僕にとって、一瞬たりともネガティブな感情が出てこない作品をつくるのは難しいので、主人公が屁理屈を言っている場面をあえて入れています。ネガティブからスタートしながら、できればそこで終わらずに、結婚や結婚式をポジティブに捉えようとしている人たちに寄り添ってみたいなと思いました。
自分の本質的な根っこの部分は、なかなか変わらないかもしれません。でも僕自身の考えの幅が広くなくても、その出し方として、求められているチャネルに合わせて何か考えられないかなといつも思い巡らしています。
「結婚は続いていくもの」として描いた、結婚生活にまつわる言葉── 「自分の靴下が気に入らなくて早く家に帰りたいと思った10代。窓に映る妻との姿が嬉しくていつまでも歩いた60代」から始まり、後半には結婚生活とは何なのかを言い換えるような「一人言」が続きます。どんなことを考えながら書き進められたのでしょうか。
2021年のショートストーリーでは「結婚式」について書きましたが、結婚は式の後も続いていくものだと思うので、今回は「続いていく」とはどういうことかを考えてみました。
後半に出てくるポジティブな「一人言」は、僕が普段言わない言葉だったので、考えるのがおもしろかったですね。誰かと一緒に過ごす日常においてどういう瞬間があったら楽しいのかな、と想像しながら書いています。
「続いていく」ことを表現するため、途切れない円形のアクリルパネルで展示された「もう一通の手紙」
── 例えばどんな場面がお好きですか?
僕が以前から好きだなと思うシチュエーションは、性別や先輩後輩問わず、誰かとお酒を飲みに行ったときに、自分はまだ飲みたいけれど相手はもう帰りたいかもしれないな、と思う瞬間ってあるじゃないですか。
そういうとき、相手から言いにくいだろうから自分が「そろそろ帰ります?」と言い出すか迷っているタイミングで、相手が「もう一杯お願いします」と注文している姿を見ると、すごく嬉しいんですよ。「あ、この時間が相手にとって楽しいものになっているんだな」と思えるから。
これを結婚生活で言い換えるとどうなるんだろう、と考えて、「珈琲が冷めても美味しかったのは、ずっと二人の会話が続いていくからだ」と書きました。
── 作品を発表する記者会見では、「後輩の話をヒントにした」ともお話されていましたね。
そうなんです。僕は独身なので、結婚生活の描写としてこれで合っているのかなと不安になってきたんですよ。だから結婚している後輩にばったり会ったときに、「今こういう文章を書いているんやけど」と声をかけて、結婚してよかったなと思う瞬間を聞いてみました。
そしたら「外で嫌なことがあっても家に帰ったときに絶対の仲間がいるって、すごく大きいですね」と言っていて。その言葉を聞いたときに、めちゃくちゃ素朴でグッときたんです。それまではレトリックでおもしろく見せたいとか考えていたのですが、後輩の言葉を聞いて全体をよりシンプルにしました。
── だからこそ、言葉の素朴な温かさが際立っているのですね。
多くの作品に触れることで、自分の視点を増やしていく
── 2022年の展示のテーマは「100色の結婚式」でした。展示を見ていただいて、このテーマについてどのように感じられていますか?
幅広い世代の人が集まってみんなで意見を交わすことで、「結婚」の見え方が立体的になるおもしろさを感じました。
結婚について語る場で僕が声をかけてもらっていることなんて、「100色の結婚式」における多様性の最たる部分なのではないかと思いますね。僕の同世代には結婚している人も多いなかで、僕のように結婚していない人も、結婚について語ってもいいんだと思える。それっておもしろいことだなと思います。
── そう言っていただけて嬉しいです。テーマのとおり、会場全体から「多様さ」が伝わったらいいなと思っています。
一人で幅広い視点を持てる人もいて、それができることもすごく大切だと思います。加えて、社会のなかで誰かと共生していくことを考えると、「自分はこうしたい」という自分の意思にそれぞれが誠実に向き合って主張してみる。それが100個の答えとして集まれば、外から見ても、多様な視点が浮かび上がる。今回の展示もそうですが、可視化されている多様さに触れていくことも大切だと思います。
と言っておきながら、僕は「これ!」と答えを決めるのが苦手です。「自分はこうだけど、相手はこうだろうな」と考えてしまうので、誰としゃべっていても「あ〜、分かります」と言ってしまう。時にはぶつかって、分かりあっていくことも大切なんだろうなと。
「100色の結婚式」にちなんだ100種類のガーベラを摘む、又吉さんとプロジェクト責任者・菊地
── 意見をぶつけるのが苦手とのことですが、又吉さんはどんな方法で多様な視点に触れていますか?
僕にとっては本ですね。例えば恋愛の作品にしても、小説、映画、歌とそれぞれものすごい数の作品があって、そのなかには片思いも両思いもあるので、いろいろな作品に触れていくことで少しずつ全容がつかめていきます。全容が一回つかめたら、今度は断片的なものを読んでも、描かれていない部分を自分の想像で補って楽しむこともできる。そうやって多くの作品に触れることで視点を知れています。
あとは、自分より年上の人や100年以上前に生きた人の言葉が残っているので、そういうものを読むと、この先の自分にあるかもしれないことが書かれていますよね。そうやって触れておくと、「あの本ではあの人はこういう判断をしていたけれど、自分はどうしよう」と考えられる。本と同じように判断する必要はないけれど、作品に触れることで選択肢が広がっていくんじゃないかな、と思います。
── 作品を通じてさまざまな価値観に触れることで、少しずつ自分の視点を持てるようになりそうですね。
そう思います。それに、さまざまな作品に触れて視点が蓄積されていくと、自分と全く意見が違う人と出会ったり話したりしても、喧嘩にならないんですよ。「意見は全然違うけれど、それはそれでいいね」と受け止められます。
僕が言うと投げやりみたいに聞こえてしまいますが、投げやりではなくて、違う意見の受け止め方はそれぞれが思う形でいいと思うんです。相手の意見をできるだけ尊重して、「お前の意見を認めない」と言ってくる人にだけは「それは違うんじゃないか」と主張する。そういう積み重ねが、多様な色を放つ「100色」の表現につながっていくんじゃないかなと思います。
■ 今回ご紹介した又吉さんの作品は、前作と合わせて、以下のページに掲載しています。ぜひご覧ください。
■ 又吉さんにショートストーリーの制作を依頼した「Wedding Park 2100」の責任者・菊地亜希より、作品へのコメント
2021年にいただいた作品「2100年の結婚式」も笑って泣けて気持ちが温かくなりましたが、今回の作品も最初はくすくすと笑っていたのに、読み終わったときに自然と涙がこぼれていました。人と生きるって面倒なこともたくさんあるけれど、それらは人と関わって生きているからこその幸せなんだなと思えました。
■ 又吉さんの作品が展示された特別イベント「100色の結婚式−2100年までにカタチにしたい100のこと−」展の会場内が見られる360°バーチャルツアーと、企画者たちのコメント・会場の様子が見られるダイジェストムービーを公開しました。ぜひこちらも併せてお楽しみください。
>>バーチャルツアーページ
>>ダイジェストムービー
(取材:染谷拓郎(日本出版販売株式会社)・菊地亜希(株式会社ウエディングパーク) / 文:菊池百合子 / 写真:関口佳代 / 企画編集:ウエディングパーク)