たった一つのおにぎりが、食卓をつなぐ。にぎりびと・神谷よしえが考える、結婚とおにぎり

新型コロナウイルスの流行をきっかけに、結婚式のあり方が一気に多様になりました。「結婚」や「結婚式」に対する価値観にも大きな変化が生じている今こそ、先のミライに想像を馳せてみることで、「結婚」や「結婚式」の価値とあらためて向き合いたい──。そんな思いでウエディングパークが企画したのが、未来の結婚式を体験するプロジェクト「Wedding Park 2100 ミライケッコンシキ構想」です。

このプロジェクトによる特別イベントには、毎年クリエイターの方々に参画していただき、作品を通じて参加者の方々と「未来の結婚式」を体験してきました。まさに「結婚・結婚式のミュージアム」のようなイベントは、たくさんの企業・団体の方々に賛同いただきながら、規模を広げています。

3回目となる今回は、2023年3月に「Parkになろう―結婚式は未来の新しいパブリックに―」展を開催。ウエディングに公共性を取り入れていくために、東京では渋谷区立宮下公園、大阪ではグランフロント大阪の2会場で実施しました。

3月21日限定で東京会場で開催されたのは、にぎりびと・神谷よしえさんによる「おにぎり」の手渡し。「ご縁をむすぶ、えんむすび」と題して、神谷さんが会場で握ったおにぎりが参加者に配られました。少しだけゆずごしょうを使った、シンプルな塩むすびです。

神谷さんがなぜ、「Parkになろう」とテーマを掲げたイベントでおにぎりを手渡ししたのか。ここには神谷さんだから知っている、おにぎりの底力が秘められていました。神谷さんにオファーした「Wedding Park 2100」企画・染谷拓郎さんとともに、パフォーマンスを終えた神谷さんのお話を伺ってみましょう。

■ プロフィール
神谷 よしえ(かみや よしえ)

フードアドバイザー。大分県宇佐市出身。伝承料理研究家の母が設立した「生活工房とうがらし」を2015年に継承。「ごはんはエール」をテーマに掲げ、おにぎりを握る「にぎりびと」の活動を筆頭に、食を軸にしたさまざまな活動を展開。「百年先まで続くしあわせの食卓の風景」を目指す。 FacebookInstagram

おにぎり一つで、しあわせな気持ちになれることを伝えたい

── まずは、神谷さんのご活動について教えてください。

神谷:私のテーマは「ごはんはエール」で、「食」を伝える活動をしてきました。最近では、日本の食文化を地域から発信するプロジェクトとして「Rice Tourism(ライスツーリズム)」を提唱し、おにぎりを握る活動をしています。

── ミッションとして「百年先まで続くしあわせの食卓の風景」を掲げていらっしゃいます。ここにはどのような思いがあるのでしょうか?

神谷:私の家に、曽祖母が明治40年(1907年)に起こしたぬか床があります。きっと曽祖母は、100年後までぬか床が残るとは思っていなかったはずです。家族の他には誰も目に触れないものを100年守るって、曽祖母から祖母へ、そして母たちはどんな気持ちだったんだろうと思いを馳せています。

だって家で台所を守り、食を伝承していくことって、本当に些細なことの積み重ねです。でも、毎日関わるテーマでもあるからこそ、毎日の「食」に向き合うことが、日々を生きることにつながる。その結果が、曽祖母のぬか床のように、100年先の誰かにつながるかもしれない。そんな思いで、「百年先まで続くしあわせの食卓の風景」をミッションに掲げています。

── その「しあわせの食卓の風景」を伝える方法の一つが、神谷さんのおにぎりなのでしょうか。

神谷:そうですね。おにぎりがあると、食卓を囲んだり公園で一緒に食べながら見つめ合ったりして、笑顔になれる。お茶碗とお箸がなくても、手から手に渡って、手で食べられる。そんな存在だからこそ、「食」によってしあわせな気持ちになれることを体感しやすいと思っています。

そんな「食」の素晴らしさを、たった一つのおにぎりで伝えられる。しかも私だけでなく、私のおにぎりを食べて「いいな」と思ってくれた方も、炊飯器とお米と水があれば家でおにぎりをつくれる。このミニマムさに惹かれて、おにぎりを握る活動を続けています。

つけ足すよりも差し引くことで際立つ、おにぎりの底力

── 神谷さんには今回、「Parkになろう —結婚式は未来の新しいパブリックに—」展でおにぎりを握っていただきました。どのような経緯でのオファーだったのでしょうか?

染谷:神谷さんにお声がけした私からお答えしますね。さまざまなクリエイターの方にお声がけするなかで、神谷さんのおにぎりを手渡す行為が、「Parkになろう」の言葉とすごく近いような印象を持ったんです。それに、「おむすび」と言い換えると縁結びの言葉にも近いので、会場で神谷さんにおむすびを手渡していただけたらおもしろいなと思いました。

そんなぼんやりとした思いつきを神谷さんにご連絡したら、神谷さんが「こういうのはどうでしょう」とどんどん提案をくださったんです。神谷さんが今まで祝いの席でつくられた、カラフルなおにぎりの写真も見せていただいて。でも最後はすごくシンプルに、「おにぎりを手渡すこと」に決まりました。

神谷:つけ足していくのは、すごく楽なんです。でも「Parkになろう」というすごくわかりやすいような、でも実はわかりにくいようなテーマを追求してみたら、シンプルに「つながる」ことを追求したい、と思いました。

写真に撮って映えるものよりも、「おにぎりおいしいね」と言いながら塩むすびを笑って食べている光景が、「Parkになろう」のテーマと私の活動への思いが響き合うように思えたんです。

── その結果、塩むすびを神谷さんが会場で握り、手渡しされるパフォーマンスになったんですね。

神谷:そうです。今回は「ゆずごしょう」を少しだけつけました。おにぎりを食べるときに五感を使ってほしくて、ゆずごしょうが入るだけで香りと味のバリエーションが一気に広がるんです。塩だけでなく別の要素がふわっと加わっていることで、考えたり感じたりするスイッチになるかなと思っています。

── 会場では、神谷さんにおにぎりを手渡されて、腰を掛けておにぎりを食べている光景が生まれていたことが印象に残っています。

神谷:おにぎりの香りを嗅いだり、会場で並んで食べていたりする光景を見られて、「おにぎりってやっぱりいいな」と実感しました。

みなさんよく「メシ喰いに行こう!」って言うじゃないですか。その意図がもし、二人でごはんを食べてほっとしたいのであれば、背伸びしてフレンチのコースに行くのもいいけれど、公園で桜を見ながら二人でおにぎりを食べるほうがいいんじゃないかな、と思っていたんです。今回は会場が公園ですし、桜の季節に重なったので、まさにそのイメージにぴったりのいい光景でした。

相手の思いに触れ、自分がしあわせを感じるきっかけ

── 神谷さんがおにぎりを握りたいと思う原動力は、どこにあるのでしょうか?

神谷:それはきっと、私がおにぎりを握ることで、食べた人から「しあわせ」をもらっているからですね。個人的な話ですが、家ではもう子どもたちが独り立ちしているので、私にはごはんをつくって食べさせる人がいないんです。それがどんなにつまらないことかと気づくまでに、かなり時間がかかりました。

子どもたちが家にいたときって、ごはんをつくることに対する感情って「面倒くさい」がいつもランクインしていて。当時は「あと夏休みまで何日でお弁当をつくらなくていい!」と指折り数えていたくらいです。でも子どもたちの食事を用意する必要がなくなったときに、強烈な空虚感に包まれました。

── 神谷さんにも食事をつくりたくない時期があったんですね。

神谷:そういう時期があったからこそ、今おにぎりを握れることが、私にとってしあわせなんです。おにぎりを握って手渡して、受け取った相手が笑顔になることで、私もしあわせになる。その「しあわせの循環」のサイクルが大きければ大きいほど、私はしあわせなんです。だから、自分を生かすためにおにぎりを握っているんだと思います。

そういう循環のなかで一緒にしあわせを感じられる一体感って、まさに結婚式みたいですよね。会場には知らない人もいるけれど、人がしあわせそうに過ごしている姿を見ることで、私もしあわせをおすそ分けしてもらえる。その循環こそが「Parkになろう」のテーマに一致するのかなと思いました。

── お話を伺いながら、神谷さんのおにぎりって、今回の「結婚」や「結婚式」を取り扱うイベントと、「Parkになろう」のテーマにぴったりだったんだなと実感しました。

神谷:そうなんです。だって結婚したり家族が増えたりすることって、毎日いいことばかりではないじゃないですか。それでも、おにぎりを一緒に食べて楽しかった思い出があったら、「喧嘩したらおにぎりを持って公園に行こう」と二人で決めたり、「おにぎりが置いてあるから仲直りの合図だな」と気づけたりする。いいことばかりじゃなくてもリセットして、しあわせの食卓を続ける力を、おにぎりがくれるんじゃないかなと思います。

(取材:染谷拓郎(株式会社ひらく)・菊池百合子 / 文:菊池百合子 / 写真:関口 佳代 / 企画編集:ウエディングパーク